雨宿り / She speaks to family in the rain



 ぽつ……ぽつ、ぽつぽつぽつ――
 ――――さあぁぁぁぁぁぁぁっ……。

 そんな音と共に、街は雨に覆われた。
 そんな雨の街を同じように雨から逃れる人たちに紛れて、荷物を抱えて彼女は駆けていた。

「あーーあっ、降ってくるなんて、ついてないなぁ」

 何とか雨の当たらない場所に逃げ込んだ彼女は、まず荷物から雨を優しく払い落す。
 それから、空を見上げた。
 空は真っ黒な雲で覆われ、ほんの少し前まで小降りだったはずの雨も、いつの間にか激しさを増している。

「降らないと思ってたのになぁ……。最悪」

 手の中の荷物を抱え直しながら呟いてみるが、それで事態が変わるわけでもない。
 買い出しが終わっていたことが不幸中の幸いと言うところか。
 さして事態が変わるわけでもないけれど、濡れながら買い物を続けるよりは随分とましだろう。
 だが、どちらにしても彼女は選ばなければならない。
 雨に濡れて急いで帰るか、何時止むかわからないままに雨が止むのを待ち続けるか。
 選択肢はそれだけだ。
 彼女は動かない。
 彼女が選んだのは、待つことだった。

「少し、寒いかな」

 身を震わせながら、彼女は呟く。
 当然だろう。
 冷たい雨は、彼女の身体からも空気からも温度を奪っていく。
 雨を避ける為に走って火照った身体もすでに冷えている。
 寒いのも当たり前だ。
 手に抱えた荷物が温かい。
 だからといって、どうすることも出来ないが。

「けど……これさえなければ、ねえ?」

 手の中の荷物をもう一度抱え直す。

「にゃあ」

 それに答えるかのように、荷物が一つないた。

「ああ、はいはい。わかってるわよ。置いてなんかいかないから、安心なさい。……ったく、何であたしがこんなに苦労してると思ってるの?」

 彼女は荷物の一つ――子猫だ――に言って聞かせている。
 通じる、通じないは関係ないのだろう。

「……にゃぁ」

 だが、返事をするようにないて、子猫が項垂れる。
 怒られて、泣き出しそうな子供。
 そう見えた。

「ああ、怒ってる訳じゃないんだから……」

 その様子に、彼女は慌ててフォローを入れる。
 案外通じているのかもしれない。
 その考えを肯定するかのように、子猫は頭を上げると一声「にゃっ」とないて、彼女に答えていた。

「けど、雨は止みそうにないし、迎えなんて来るわけないし……はてさて、そろそろ決断のときだけど……」

 首を傾げて彼女が悩む。
 それにつられてか、子猫も同様に不思議そうに首を傾げる。
 わかっているのか、いないのか。

「ははっ。あんたは気楽そうで良いわねー。……まあ、あんたみたいに、あたしのようないい人がすぐに拾ってくれるなら、人生楽なのにね?」

 ああ、猫生かな?
 彼女は口の中だけで、そう訂正する。
 けれど、子猫は首を傾げるばかり。
 わからないのか、その振りか。

「まあ、いいけどね。……少しの間でも、下の子達の遊び相手に丁度いいわ」

「にゃっ?」

 子猫が訝しげになき声を上げる。
 彼女の何処か含みのある声に何か気づいたのか。

「良いじゃないの。Give and Takeよ。あんたは住処を。あたしは手伝いを。そういうこと。私だって貧乏なんだからうちにくるとなれば、働かざるもの喰うべからず。OK?」

「……にゃぁ」

 楽しそうな彼女の声に、子猫も項垂れながら同意する。
 このご時世、捨て猫の自分が拾って貰い、しかも普通に飼って貰えるだけで有り難い。
 なんて、殊勝なことを子猫が考えたかどうかなんて、誰にもわからないけれど。

「まっ、納得出来たならそれでいいわ。頑張ってあたしに楽させてよ? その分、仕事が出来るんだから」

「うにゃぁ……」

 何か抗議するかのような子猫の声。
 相手をしてやろうと彼女はまた視線を……。

「……んっ?」

 上――空へと向けた。
 つられたように子猫も空を見上げる。
 気づくと、雨もすでにやんでいる。
 雲は厚くたれ込めていて、何時降り出しもおかしくないが、雨はひとまずやんでいた。

「ふむ。……いこか」

「にゃ」

 彼女の宣言を、子猫が受け入れる。
 問題は山積み。
 それでも前に進めるうちは何とかなる可能性は残ってる。
 そう思いながら、彼女は駆け出した。
 離ればなれになる”家族”との時間を大切にする為に。
 新しい”家族”と一緒に。